私は女優よ〜映画女優よ〜part2


 我が家のホームページで一番人気のこのコーナーですのに、その後、更新を怠っていました。
すみません。母の怠慢でした。
3日間の撮影は、無事?終了しました。
なんだかんだとありましたが、済んでみれば全て楽しい思い出になりつつあります。

さてさて、何からご報告いたしましょうか。
撮影が始まる前から、なんだか聞いていたことと違いそうだなぁという感じがしていたのですが。
第1日目に集合した時点で、事前に聞いていた子役の人数の何倍もの子供たちが集まっていました。
子役は5人ではなかったのかしらん、と親子で話しているうちに衣装替えをするホテルに徒歩で出発。
歩きながら他の子と話していると、どうもその他大勢の中の一人だと判明。
なあんだエキストラじゃん、とここでがっくり。
なんだか、場慣れした男の子たちに聞くと、子役の5人はモデル事務所所属とのこと。
ああそうだったのと、気が抜けました。
しかし、ホテルについてまたびっくり。
着替えるのは、ホテルの駐車場で目隠しもなし。
いくら子供とは言え、なんとかならんのかいなと母は思いました。
しかし、ここで文句を言っても始まらないので、子供には担当の方の言われるようにと指示。
通りすがりの人には、聞かれもしないのに「撮影なんですよ。」と弁解したりして。
群衆シーンの人数が足りないからと、保護者も参加しての撮影には麻未・父も。
母は勘弁してもらいました。

撮影場所は、尾道市内の大林さんのご実家。
線路際の難しい場所で、スタッフの方も大変そうでしたが、にわか付き人の母も荷物とカメラを持って何時間も待つのは、本当に疲れました。ご近所の方、玄関前にへたりこんでしまってすみませんでした。
日没までの予定でしたが、終了が若干遅れ、楽しみにしてたロケ弁なるものも口にせず、心身ともに疲れて帰りました。
駅前で食べたラーメンが美味しかった。

二日目は、向島の旧家での撮影。
またまた、父娘は出演、母は付き人状態。
この日は、近所の公民館を借りてくださったので、ずいぶん楽でした。
しかし、撮影状況を聞いていると、どうも延びそうな予感。
そこで、尾道市内に置いてきた車を一人で取りに戻りました。
何せ、だんなの車を運転したのは、駐車場と高速道路くらい。
尾道市内を流れを無視してとろとろ走り、渡船で向島へ。
冷や汗ものでした。
予定がのびにのびて、解散したのは午後10時ごろ。
やはり、車を移動させておいて正解でした。

母のことばかり書いていますが、実は、撮影状況が全くと言っていいほどわからなかったのです。
民家の座敷での撮影なので、関係者以外は立ち入り禁止。
カメラフレームに入るということで塀の外で覗くのもだめ。
時々、戻ってくる娘と父に話を聞いても、同じシーンばかりの様子。
そんな中、たくましい娘は早速友達を見つけて、休憩中も走り回っていました。
主役の鞠男役の男の子ともいつの間にか仲良くなってました。

鞠男君とサキナちゃん

なんと、小学校2年生なのに、東京方面から一人で来ているとか。
もちろん、事務所の方は付いてきていらっしゃるのでしょうが、ご家族は一緒ではないということでした。
「3,4歳の時から俳優さんになりたかったんだ。」と本人が言っていたと、娘が感心しながら話してくれました。
弱音も吐かず、ずっと頑張ってました。
幼いながらプロフェッショナルのプライド、見せていただきました。

父が喜んでいたのは、「ものもけ姫」の「アシタカ」役の松田洋治さんと同席のシーンだったこと。
腰が低くて、とても感じのいい好青年だったそうです。
感じの悪い人もいたのかなぁと、母は勘ぐってしまいます。(いました・・・父)
母が見かけた俳優さんは、あの丹波哲郎さん。
2日間ともお見かけしましたが、鷹揚な雰囲気で、来るものは拒まず、握手でもサインでも、マイペースで受けてらっしゃいました。

1998年1月24日(土)午後2時から全国二十八局(TBS系列)で放送されました。

マヌケ先生とは

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